broken arrow

赫く焼けつく鋼の華の

「怒ってんの」
「いいや」
「怒ってんじゃん」
「もう怒ってない」
 ひとけのない路地を半分に色分けする陰の中、やっと振り返ってきた義弟の顔は確かに平静そのものだった。
「じゃ、離せよ」
「……」
 掴まれていた手首はあっさり解放された。これ見よがしに鼻を鳴らしてポケットに両手を突っ込む。
「サルア」
「ついてくんなバーカ」義弟が追ってくることはわかっていて悪態をついた。我ながら乱暴な足取りでアスファルトを踏みつける。
「どこ行くんだ」
「帰ンだよ。礼拝も終わったし、もうやることねえもん」
「ついてくんなっての、無茶だろそれ」
「うっせ」
「——義兄にいさん」
「るせえ!」
 今度はこちらが立ち止まる番だった。肩越しに睨みつける。
「こっちは真面目にやってんだよ。これでもな。なにが不満だ? お前、洗礼を受ける気なんかねえだろ。そういうように運ぶようにしてやっただろ」
「俺は」
「表に出していいことと悪いことの区別くらいつかねえのかよ」
「謝らねえぞ俺は!」
「痛ッ——」
 腕が抜けるかと思う強さで引きずられて顔をしかめた。間近に迫った義弟の瞳は苛立ちを宿しているもののまだ煮え滾ってはいない。「ふざけた教義だ」吐き捨てられる声も囁きじみて低い。理性を宿して、互いにしか聞こえない声量を保たれている——語調だけが激しい。「どれだけ大戦が酷かったかなんか知らねえよ。いつまで恨み続ける気だ。アホか」
 荒っぽい非難の台詞を受け止めて、微笑む。「くだらねえよな」
「……だったら、なんで」
「わかるだろ。てめえ俺より頭の出来はいいんだからよ」
「わかんねえよ」
「わかりたくないだけだ。そろそろ離せ」
「……」
 手は離れない。
 ため息を呑み込んで言い聞かせる。
「駄目なんだ。少なくとも、今はまだ。兄貴がなんでお前を養子なんぞにしたのか知らんが、これだけでも大事件なんだ。とうの昔に没落したとはいえ、元はお貴族様だからな、ウチは。……わかってんだろ」
「……」
 でも、と言いたげな義弟の手を引き剥がし、ちらりと背後に視線を投げた。人通りはない。この世界にふたりきりのような、凍えきった曇天の下。
「——ひと晩かけてマーキングしたのに、あっさり突破されて悔しい?」
 義弟のコートの合わせに分け入り、軽くゆるめられたシャツの襟を指で摘まむ。
 べつに、と、震えもしない声が返った。
「あんたは俺のじゃない」
「そうだよ」
 あざ笑った。他にどうしようもなく。馬鹿みたいな話だ。
「でもそのつもりだった。あの冬至祭から——今朝まではな。お前の手に手綱があると思ってた。だから怒ったんだろ」
「ちが……」
「おまえの警告を無視して踏み込んだあいつじゃなくて、みすみす他の男に触らせた俺に腹を立ててる。顔に書いてあるぜ、キリランシェロ」
 瞳を覗き込んで囁く。
「——お仕置き、したいだろ?」
 揺るぎない無表情のなか。
 唇がわずかに震えたのを、見逃しはしなかった。

「っ!」
 玄関のドアが閉じるなり乱暴に片腕を捻りあげられた。痛みにうめくよりも先、頭の近くで派手な音が鳴ったと思ったときにはすでに背後から押さえつけられている。頬に触れる冷たさに顔をしかめた——まだジャケットも脱いでいない!
「おい、部屋までくらい……っ」
「優しさだと思って欲しいね」もがく身体を押さえつけながら、低い声が耳元で囁く。「痛いのは嫌いなんだろ」
 ドアの錠前を落とす音が響いた。
「はぁ……?」
「尻叩きは勘弁してやる」
 ジーンズの上から尻たぶを軽くはたかれて、そんな状況ではないというのに乾いた笑いが漏れた。彼の言う“優しさ”とやらが発揮されていなかった場合、泣いて許しを乞うまでいたぶられていたのだろう。まったく、サディストが。
「その趣味、どうやって培ったんだよ」
「さあな」
 ぶっきらぼうに吐き捨てた義弟の手が前に回った。ジーンズの上から股間を揉みしだいてくる。嫌がって身をよじっても逃れられず、次第に上半身を屈めさせられた。自然と突き出すことになる尻に義弟の下半身が密着する。硬い布地越しで、彼の反応の具合はよくわからなかったが、腰を擦りつける動作はゆるやかだ。まだ、こちらを追い立てることを重視しているのだろう。——辱めるために。
「ぁ……っ」
「前、きつい?」
 笑みを含んだ声が囁く。休みなく刺激されている性器は、伸縮性のない布地の下で窮屈さを訴え始めていた。素直に頷くと、背後の義弟は「いい子だ」などとのたまう。直接的な快感で身体を苛んでいた手が離れ、背中で拘束されていた片腕も解放された。
「お、い……」
 自由になった両手をドアについた姿勢で、戸惑いの声をあげる。義弟の両腕もこちらの腰を固定するだけになってしまったからだ。首をひねってなんとか視界におさめた彼は、目を細めてこちらを見ている。
「ここでオナニーして」
「……なんだそれ。見たいのか、そんなもん」
「見たい」
 どうも義弟は真剣に言っているようだ。尻に性器を押しつけられる強さでそれを感じ取るのも、なんだか妙な気分だが。
「じゃ、脱がせろ」
「自分で出来ねえの」
「できねぇよ。ここで両手離したら倒れんだろ」
「……まあそうか」
 案外素直に納得して、義弟の手がジーンズの金具を外して前をくつろげる。だがそこまでだ。彼の手の片方はまた腰のあたりにもどって、片方は太腿を撫でている。言葉で促されるのを待ってもいいかと思ったが、さっさと触れることにした。ぐずぐずしていて、先ほど言っていたような、子供の仕置きのような真似を受けてもたまらない。
「んっ、く」
 下着の中から陰茎を掴み出して扱き始める。義弟は身体を押し付けたままじっとしている。背後から彼の視線が突き刺さって、うなじの毛が逆立つようだった。閉じた瞼の裏側に、独占欲にまみれた瞳を思い浮かべて短く荒い息を継ぐ。ふと思いつき、くだらない悪戯を仕掛けた。
「——ぁ、ん、キリランシェロ……」
「ッ」
 身体に触れている指が強張ったような気がして、内心でほくそ笑んだ。腰を揺らしてこちらから擦り付けてやる。「は、気持ちい、は、あっ」
「——」
 身体を撫でていたほうの手が動きを止めて腰を掴んだ。
 くそ、という短い悪態とともに下半身を押し付けられる。かたくなに衣服を乱さないままの擬似的な性交が、自分の身体を玩具にして、背後だけでおこなわれている。もどかしくはないのだろうかという疑問が頭をよぎるが、まあこいつらしくはあるなという雑な言葉で勝手に納得する。
「は、——可愛いなお前」
「……なんだと?」義弟の声が険を帯びる。
 気にせずに背後を振り返った。「なぁ、しゃぶってやろうか」
「いい」
「我慢できねえんじゃねえの?」
「しなくていい」
 しかめっ面のままの彼の腕が伸ばされる。ドアに触れていた手に手を重ねられ、縫いとめられた。余ったほうの腕だけで引き寄せられて唇が重なる。くちづけながらゆるゆると自慰を続けた。甘い接触に反応して、勝手に下腹部に血が集まる。
「っ……おい、キリランシェロ……」
「もういく?」
「……まだだけど」
「あ、そ」
 うっすらと笑みを復活させた義弟がふたたび顔を寄せてくる前に首を振った。「も、ケツいじって」
「……——」
 直裁な言葉に面食らったのか、目を丸くしている義弟へと重ねてねだる。「もの足りねえんだよ……、やりたくなったら、生で突っ込んでもいいから」
「っ、そういうのやめろ!」
「は? なんで」
「俺はっ……、あんたみたいに、ひと晩ごとに割り切れるわけじゃない!」
 食ってかかってくる。甘く変わり始めていた雰囲気を台無しにする義弟の剣幕に息をついた。会話としては支離滅裂なやりとりだったが、まあ、なんとなく察してはいた。
 彼は勘違いをしている。
「やらせてねぇから」
「は?」
「さっきの奴とはセックスしてない。キスもしてない。まあ痕はつけられたけど。生理なんだよなァ、つって逃げてきた」
「——」
 しばらく口をつぐんでから。
 義弟はぐったりと身体から力を抜いたようだった。触れていたところをすべて離して、こちらの身体を囲うようにドアに手をついてうなだれる。うつむいた彼の口元から、苦悩じみたため息が聞こえた。
「なんだその断り文句。そんなもん一生ねえだろ」
「冗談にしといたほうがいいこともあんだよ」疼く身体を寄せる。「ほら、他人の精液とか出てこねぇから。触れってば」
「別に」
「なに」
「疑ってたわけじゃない」
「——そう?」
 にやにや笑って頬を撫でてやる。一旦はこちらを見たものの、表情を視界に入れたそばから不機嫌そうに逸らされた目元にくちづけた。「浮気した罰だったろ。そら、ドアの前なんかで喘がせて、恥ずかしい目に遭わせんだろ」
「……全然堪えてねえよな、あんた」
「お前こそ、今日がなんだと思ってんだよ。新年節だぞ。郵便屋ですら休むのに、訪ねてくる奴がいるか。朝から晩まで働いてんのは司祭あにきだけだ」
「はあ、もう……」
 観念した様子で力なく抱き寄せてくる腕に従う。二、三歩後ずさった義弟がそのまま床に座り込んだのでこちらもフローリングに膝をつくことになった。首筋に鼻を寄せてにおいを嗅いでいる頭を抱きかかえると、義弟の片手は腰をたどっていった。ジーンズの後ろから侵入したその手に下着ごとずり下ろされて素肌がむき出しになる。「あ……っ」指先が入り込んでくる。
 待ち望んでいた刺激に身体を震わせていると、からかう声がする。
「なんでこんなゆるいの」
「……てめえ昨晩、何回やったか覚えてねえのか」
「知らねえな」
 表情は伏せられていて見えないが、きっと笑っているのだろう。義弟はしっかりと腰を抱えてねじ込んだ指を蠢かせてきた。まだ一本だけで圧迫感は少なく、痛みもない。
「あっ、ぐ、んッ」
「は……、くそ、ちょっと体勢変えるぞ」
「や、抜くな……っ」
「こんな浅くしか入んねえのに満足できねえだろ、あんた」
「ん、は」
 有無を言わさず指は抜き出された。床に座っていた義弟と身体の上下を入れ替えられ、さらに反転させられる。四つん這いの後背位ドッグスタイル
「膝痛くなったら言えよ」
「ん……っ」
「さっきの続きして」
 肌を撫でながら唆す声が甘い。片方の肘を折って床に突っ伏した。腰だけを上げた姿勢で陰茎を掴む。みるみる体温が上がるような錯覚に襲われているなか、再び他人の指先が体内に入り込んでくる。「あっあ、んん゛ッ」この手の主が誰かを知っている。的確に前立腺を探し当て、そこばかりを撫でている。身悶えながら身体を揺すると、背後で笑う気配がした。
「ここ好き?」
「っ……すき、じゃ、な」
「嘘」
「んあああっ」強く押し潰されて悲鳴をあげた。強すぎる快楽に身体が縮こまる。すかさず声が飛んだ。「手ぇ止めんな」「っ、ぅ、ぁ」自慰を再開すれば、ほとんど神経に直接触れられているような刺激はゆるやかになった。咥え込まされている指は根元までを抜き差しする動きに変わり、尻には唇が触れる。するりと肌をたどった手が睾丸を包み込んだ。やんわりと揉み込まれて恍惚となる。「あ、ぁ……」思考が身体の感覚に飲み込まれて途絶える。無心になって快感を追った。
「は……」
 限界が訪れるときの一瞬の硬直をやりすごし、強く瞑っていた瞼をひらいた。床に散った自らの精液をぼんやりと眺める。弛緩する身体を義弟の手に抱き起こされた。触れるだけのくちづけを何度も交わす。
「続きもする?」
 ゆるんだ表情で覗き込まれて頷いた。
「する」
「どこがいい?」
 義弟の背中に両腕を回して抱きつく。
「お前の部屋」
「了解」
 骨ばった肉厚の手が、後頭部をかき混ぜるようにして撫でていった。

 汚れた床は義弟が適当に掃除を終わらせた。それぞれコップ一杯の水を煽り、じゃれあいながら階段をのぼる。義弟に与えられている部屋は建物の北側に位置していた。兄が彼のために準備していたのはもう少し陽の入りやすい部屋だったのだが、義弟本人がそれを断った。曰く「明るすぎるし広すぎるから落ち着かない」のだとかなんとか——自分としては、突然増えた「家族」と壁一枚を挟んで隣で寝起きするなどという事態を避けることができて安堵したものだ。
 なんにせよ、義弟は遠慮して断ったのではないらしい。
 昼間でもなんとなく薄暗い部屋に足を踏み入れる。観葉植物のひとつもない、殺風景な部屋だ。ものが少ないがゆえにそこそこに整っている。ガス式のストーブに火を入れる背中を見ながら上着を脱いで机のあたりに放り出した。
 ベッドに飛び込み、脱いだスニーカーを床に散らかす。うつ伏せになってシーツに鼻を埋めた。鼻腔を満たす義弟のにおい。
「こら、寝るな」
 ぺしりと尻を叩かれて思わず吹き出した。これは本当に近いうちにやられるかもしれない。痛いかな。痛いだろうな。
「お前が退屈させなきゃ寝ねえ」
「はいはい」
 ベッドに膝を乗り上げてきた義弟はまだコートを羽織ったままだ。両手を伸ばして彼の肩から分厚い布地を滑り落とす。ネクタイがないこと以外は普段と代わり映えしない制服姿があらわれて、思わずため息をついた。
「今度、買い物行くか」
「は?」
「服。センスねえのばっか着てんだもん、お前」
「安いことしか求めてないからな。裸じゃなきゃいいだろ」
「俺が選んでやるからもうちょっといいの着ろ。……これは毎日つけてるよな」
 義弟の首筋に光る銀色の鎖に手を伸ばす。彼がなにも言ってこないので、そのまま服の下から引きずり出した。親指の先ほどのペンダントトップがあらわれる。じっとこちらを睨み据える、銀色に輝くちいさなドラゴン。
「形見みたいなもんだからな。姉さんの」
「……ふうん」
 曖昧に頷いて、ペンダントからは手を離した。彼にも家族がいる。自分ではない、本当の家族が。
「勇ましそうな姉ちゃんだ」
「まあな」
 義弟の手はパーカーの裾から侵入して腹と胸を探り始めた。首筋を引き寄せてくちづけると、相手の舌先が歯を舐めた。すこし間を開いてやると入り込んでくる。「ん……っ」性急な仕草で覆い被さられ、口腔は隅々まで蹂躙され始めた。抱きしめた背を撫でてなだめてやろうとするが、下半身を擦り付けられてこちらの理性も危うくなりかける。
「っ……キリランシェロっ」
「……なに」
 突き飛ばすようにされて不満げな義弟の頬を両手で包む。「前から言ってんだろ。がっつくなっての」
「はやく欲しい」
「だぁから」
「サルア」
「……」恨みがましく見つめられ、仕方なくパーカーを脱ぎ捨てた。ジーンズに手をかけると、途中から義弟の手も加わってつるりと脱皮させられる。下着と靴下を放り出されてすっかり裸になってしまうと、早速足首を掴まれた。
「おい、なにしてんだ」
「もっとすごいとこにつけてやる」
 内腿やら性器の付け根やらに吸い付いてくる。妙な対抗心を燃やしている義弟を放置して、自身の胸のあたりを見下ろした。肌に刻まれた赤黒い痕は数える気もなくす量だ。加減というものを知らないらしい。このぶんだときっと背中のほうにも似たような数がある。
 今朝、シャワーを浴びたあと、義弟の部屋に殴り込んで蹴り倒し、一方的に罵倒して家を飛び出したのはこのせいだった……
「——っ、おいっ」
 思考を飛ばしている隙をついて、ぬめる感触が下半身から伝わって泡を食った。シーツから背中を浮かせて見た先で、先ほどからゆるく兆していた性器が唇に呑まれている。強く啜り上げられて苦々しくうめいた。気持ちが追いつかないまま身体だけを高められるのは、どうにも居心地が悪い——だからがっつくなと言っているのに。
「は……っ」
 仕方がない。腹をくくって手を伸ばした。義弟の黒髪を軽く引っ張って耳朶を撫でてやると、性器をたどる舌先の動きが少しだけ乱れたように思えた。こちらに触れている手を包み込むようにすると、形を変えて絡みついてくる。指をばらばらに絡めた、少しいびつな繋ぎ方だ。
 たまらない。
「キリランシェロ」
 視線がやっとこちらを向く。——ああ。
「俺も舐めたい」
「……」
 義弟の目が呆れたような形に変わったのは気のせいだろうか。
 ともかく、少しの休息はもたらされた。宣言どおりに体勢を変える間だけだが。本当は、他人の前でうそぶいているほどには、男のものを舐めるのは好きではない——けれども、ベッドにだらりと寝そべって互いに愛撫を与える時間は、まあ、嫌いではない。スラックスの前をくつろげてやり、みるみるうちに膨らんでいく陰茎を撫でているうちに、本当はそんなの嘘で俺はこの行為がとても好きなんじゃないだろうかと勘違いをしそうなくらいには楽しくなってくる。
 先に根をあげたのは義弟のほうだった。
「っ、離、せ、サルアっ」切羽詰まった声を聞きながら——無視する。放ってしまえばいいと思いながら強く吸い上げる。「やめろって……っ、く、この」
「——なんだよ、もぉ」
 頭を掴まれ、無理矢理引き剥がされて不満を訴えた。「全部飲んでやるのに」
「いいからそういうの!」
「照れんなって」
「うるせぇ、この淫乱」罵倒を口にしながら、上半身を起こした義弟は顔を真っ赤にしている。彼は着たままだったシャツをやっと脱ぎ捨て、サイドテーブルの引き出しを乱暴に引き開けた。本当に我慢できなくなったようで、がちゃがちゃと中身を探っている。
「お褒めに預かりまして」にやにや笑って受け流してやる。「寄越しな。お兄さんがつけてやろう」
「自分でできるっつうの!」
「いいからいいから」
 小競り合いの末に、義弟の手から小さな包みを奪い取ることに成功する。ついでに太腿をまたいでのしかかるところまでいったのだから上出来だ。上半身を軽く押さえつけつつ、犬歯で噛みちぎるようにして封を切った。諦めたのか見とれているのか知らないが、一部始終を見つめる視線を感じながら脈打つ陰茎に触れて避妊具を覆い被せてやる。「ジェルは?」「……」差し出された潤滑剤のボトルを陰茎の上で逆さまにして中身を押し出し、手のひらを使って軽くなじませるまで、じっと見つめられている。
 淫猥な艶を帯びた性器に向かって自ら腰を落とすときの、名状しがたい恍惚に、くらくらしている表情もすべて。
「あぁ……」
 間抜けな声が喉から漏れた。これ以上ないほど深く貫かれている。「……っ、んっ」義弟の身体の脇に手をついて腰をうねらせた。体内は燃えるように熱い。両手が正面から伸びてきて、唇を、顎を、首筋を、鎖骨を、胸筋を撫でる。唇に差し込まれた親指に甘く噛みつき、興奮した吐息を漏らした。
「んぁ、あ、あっ」
「……ッ」
「——っ痛ぁ……!」先ほどから弄ばれて尖っていた胸の先端をきつくつねりあげられて、たまらず仰け反る。逃れようとして身体を倒そうとしても指先はしつこく追ってきて、顔を歪めて泣き言を漏らした。「やぁ、っ、嫌だ……ッ」
「——泣いて」
「あほか、てめえは!」
 睨みつける。快感と痛みに潤んだ瞳で。
 義弟はとろけるように笑んだ。
「別にそれでもいい」
 彼の手は空中をひらめいて、しっかりと腰を掴んだ。「ひ……っ」容赦なく突き上げられる。肌を打つ音が鳴り響き、粘膜に擦れて泡立つ潤滑剤がひどい伴奏になった。蹂躙と表現するのがふさわしい苛烈な嵐——身体を固定する手に手を重ね、義弟の暴虐に懸命に耐える。強く揺さぶられるたび、愛撫のひとつも与えられずに放置されている陰茎が跳ねるのが無様に思えて仕方がなく、強く目を瞑って意識の中から遠ざける。そうしているうちに、いよいよ衝動を抑えきれなくなったらしい義弟が体勢をひっくり返してのしかかってくる。
義兄さん
 うわずった声で囁いて、彼は太腿を抱え上げるように押し上げてくる。薄目を開けて見上げると、ほとんど身体は半分に折り曲げられるような形になっている。大きく広げられた両足、だらだらと先走りをこぼす陰茎までが目に入った。その向こうにあるはずの繋ぎ目まで見えていたとしたら、羞恥心でどうにかなっていたかもしれない——「あっ、ああ……!」「——は、いい声……っ」感慨深げな声音で義弟が賞賛を向けてくる。心の底から言葉のままを考えているのだろう、うっとりした表情を寄せてきた。「——ッ!!」深く抉られながらするくちづけは、行為自体の心地よさに酸素の欠乏を加えて、暴力的な酩酊を呼ぶ。どこかへ弾け飛んでしまいそうな身体の支えを求め、全身で相手にしがみついた。
「んっ、んぅっ」
 激しく責め立てる熱がもたらすものは、もはや快楽よりも苦痛と表現するほうがふさわしいなにかだ。嫌になるほど甘い痺れが身体中を駆け回り、あまりにも気持ちがよくて——今にも狂ってしまいそう。
 嬌声と呼ぶには苦痛の色の濃い叫び声が天井を打った。
 達している最中にも律動は続けられている。
 泣きじゃくる耳元で義弟がなにごとか囁いている。もうちょっと。いまいく。がんばって。
 すきだ。
「……っ!」
 骨が軋む強さで抱きしめられて、彼もまた果てを見たのだと知った。
 しばらくはそのままでいたものの、長くは続かなかった。のしかかってくる体重がどことなく軽くなる。互いの呼吸が整い切ってしまわないうちに薄目を開けると、途端に視線が絡んだ。本当にずっと見つめられていたことを察して、今更ながら頬が熱くなる。
「な、んだよ」「……」
 義弟の両手が頬を包んで、触れた唇が音をたてた。情事の終わりにふさわしいセンチメンタルなくちづけ。「好きだ、サルア」
「……知ってる」
「またそれ?」間近にある顔が片方の眉をあげた。「他になんか言え。ったく」
 軽くむくれる義弟から目をそらして静かにまばたきをした。彼が本気で言っていることは知っている。彼に自分が返せるものがなにもないことも。
 まあいいや、とつぶやいた義弟は、ゆっくりと体内から抜け出していった。
 避妊具の後処理をしている彼の背を、ベッドに寝転んだままでぼんやりと見る。彼はソリュード家に養子に入る前、糊口をしのぐためによく日雇い仕事を受けていたらしい。特に身体を使う仕事が性に合っているようで、その背は広さのわりに分厚く筋肉質だ。唐突に触れたくなって上半身を起こした。
 予告もなくしなだれかかっても、義弟の身体はびくともしない。ふと笑って、汗ばんだうなじに唇を寄せた。やわらかく皮膚を食んで吸い付く。
「……サルア?」
「普段、こういうのはしねえんだぜ、俺は」
「え?」
 振り返ってきた義弟の、疑問を浮かべて見開かれた瞳に向かって笑いかける。「ま、兄貴にばれないように頑張るんだな」とんとん、と指先で耳の付け根を叩いてやる。
「は? ——あっ!」
 首筋を押さえる彼の慌てた顔をにやにや眺める。「な、困るだろ?」
「……どうすんだよ!」
「さあ? しばらくタートルネックのセーターでも着てれば。持ってただろ」
「先週あれ捨てたんだよ! いい加減虫が食ってきてたから!」
「え、マジで?」予想外の事態に目を見開く。目に見えてくたびれたものを着ているなあと呆れていたのだが、ならばよほど大事なものなのだろうとも思っていて——違うのか。
「マジだよ! ああもうっ」
「あー、俺の貸してやるから」嘆きの声をあげる義弟をなだめてやりながら、ついでに尋ねてみる。「あと、明日、暇?」
「別に用事はない」
「じゃあ買いに行こうぜ。おごってやる」
「……金は出す」
「いいよ別に。お前貧乏だろ」
「出すから」
「……ま、お前がそうしたいならいいけどよ」自分には頼りたくないのだろう。義弟のかたくなさに肩をすくめつつ笑いかけた。「楽しみだな」
「なにが」
「デート」
 目に見えて全身を緊張させる義弟を一瞬だけ眺めてベッドから滑り降りる。そうと決まれば、クローゼットから服を取ってこなければ。確かほとんど袖を通したことのないものがあったはずだ。サイズはそれほど違いがないはずだから……
「サルア」
「ん?」
 裸にスニーカーをつっかけただけという間抜けな姿のまま振り返る。義弟の視線が頭からつま先までを撫でていくのを感じて嫌な予感が背筋をかすめた。思わず後ずさるが、すでに手首は掴まれていた。
「もっかいやらせろ」
「……なんで?」
「やりたくなった」あっさりと言った義弟に引き寄せられる。裸の胸に倒れ込んで見上げた顔の中では目が完全に据わっている。「まだろくに落ち着いてないんだよ、こっちは。このタイミングで何度も煽るほうが悪い」
「俺のせいかよ!」
「あんたのせいじゃん」
 確信に満ちた口調で言い切った義弟に、再びベッドに引きずり込まれシーツの上へと押し倒される。片方の脛を持ち上げられてスニーカーの先にくちづけられた。あっけにとられているうちに、履いたばかりの靴は脱がされて床に放り捨てられる。足先からのぼってくる唇が、時折ひとつところに留まって痕跡を残した。よくもまあ飽きないものだ。
「それ、夏はするんじゃねえぞ」
 苦々しく告げた台詞に、義弟が顔をあげた。「夏?」
「ろくに薄着できねえじゃねえか。プールとか行きたくねえのお前」
「は? 俺?」
「お前も行くだろ?」なぜ義弟が驚いているのかわからず顔をしかめる。
 義弟は少し考えるそぶりをみせた。「夏か」とつぶやいて——ふと、薄く笑う。
「じゃあ、今のうちだな」
「……ったく」
 覆い被さってくる義弟にまたも首筋を吸われながら身体の力を抜いた。夏になるまで——この烙印じみた肌の色が薄れることがあるのだろうかと思いながら。

ハッピーニューイヤー2018! 新年早々風邪をひきながら考えていたせいなのかとても頭の悪い話に仕上がりました
もともと近代想定ではあったんですけどこうなってくると1970年代くらいかな……たぶん……(※適当)
教義の一部が人種差別的なことについては内外から問題視されてはいてソリュード家とアミック家を筆頭にじわじわ改革に向けて動いています 養子はその布石
それはともかくこの話は延々いちゃついてるだけでしたね!! 今後ともよろしくお願いいたします