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耳を塞いでおいで

「話はわかった」考えておく。
 そう言って背を向ける男の腕を掴んで引き留める。
「……お前の意見は汲む、と言ったろう」
「ああ。聞いた」
「用は終わったはずだ、帰れ。そもそも、てめえは出入り禁止にしたはずだがな」
「ばれなきゃいいのさ」
「そうだな。ああ、そうだとも、畜生め」
 うめく男の腰を抱き、首筋に鼻を埋める。嫌がって身じろぐのを受け流す。「だから……口封じだ。俺が今夜ここにいたことを、お前が誰にも言えないように」
「まったく、ふざけた野郎だよ、てめえは!」
「俺もそう思うよ——」囁いて耳朶に噛み付いた。「なんせ、魔王とまで呼ばれた男だからな」
「やめろ、ッ」
 ぶるりと震えた機を逃さず抱え込み、そのままソファに押し付ける。「少しだけだ」
「少しで済むのかよ、てめえが!」
「信用ねえなあ」顔を覗き込むが、相手は目一杯顔を背けたうえでしっかりと目を瞑っている。そっと触れるだけの指先に過剰に反応されて苦笑が深まる。
「なあ」「るせ……っ、やめろ、って」「少しでいいんだ」「だから……っ」
 実のない押し問答、それにすら足らぬじゃれ合いのようなやりとりに、早々に溜息が漏れた。「今日は気が乗らないか」
「乗り気だった、ことが、一度でもあったっけなァ!?」
「俺の知る限りは、けっこうあった気がしたが」男に跨ったままで少しだけ落胆を覚える。ほんの少しだけ。「嫌か」
「……」拒絶か逡巡かはわからなかったが、彼は無反応だ。
「わかった」
 小さく告げてソファから降りる。仕方がない。脅しというのはただの言い訳で、相手がなにも言わないことはわかっていたのだ。そうでなければ、のこのこと相手のフィールドにまで足を踏み入れたりはしない。ただ……今に至ってなお、いつかのように、触れる余地があるのだと、思いたかったという、それだけのこと。
 男に背を向けて扉へ向かう。背後の物音からは努めて耳をふさぐ。安堵の吐息など聞いてしまえば取り返しのつかないことになるだろうという気がして。——が。
「待て」「?」
 振り返って息を止めた。男の指先が布地を辿り、髪紐が肩を滑る様子が目に焼きつく。床に視線を落とした彼の、身にまとうすべてがほどけてゆく。
「こいつは、汚すわけにいかねえんだよ。どうせお前は覚えちゃいねえんだろうが」
「? なん……」
「うるせえ訊くな。こっちの話だ。お前には関係ない。てめえはてめえらしく、情けねえツラでしょげてろってんだよ」
「……」
「ほら」
 すっかり身を露わにして、男はやっとこちらを見た。
「相手してやっから、さっさと来い」

おーさんがしょんぼりしてるとサルア君はすぐ甘くなる
ちなみにうちの市王陛下は髪とか切る暇なくてロン毛です