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いつか削れて消え失せる

「いいかげんにしたらどうなのかしら」
 呆れたような妻の視線に視線を当てる。
「何が」
「顔も見たくないなんて。子供みたい」
「……」
 先程、反射的に折り畳んだせいで皺になっている新聞の内側になにが潜んでいるのか彼女は知っていた。苦笑する。
「俺の知ってる奴じゃない気がするんだ」
「だから?」彼女はあっさりと言う。「ちょっと肩書きが変わった程度じゃない」
「違えよ」
「なにがよ」
「こうなるのはわかってたんだ」
 机の上に新聞を放り出す。一面記事からは、やはり目を逸らして。
「顔なんて見ちまうとな。なんとかならなかったかって、また思っちまいそうだ。そしたら……全部無駄になるだろう」
「そうかしら」
 彼女は少しだけ考えて、はっきりとした口調で言ってきた。
「わたしには、あなたが怖がってるだけに見えるけど」
「はは」
 正解だ。俺は怖い――名前を口にすることすら怖い。
 触れていい思い出はひとつきりのような気がしていた。
 空気の薄い地下通路。まとわりつく重い雰囲気と、広い空間に反響するぼんやりした声、気楽な足取りで歩く男の背。二人の間にひとつもしがらみがなかった頃の。もう、ほとんど薄れた遠い記憶だ。思い返せるのはそれだけだ。
 彼に貰った言葉のなにもかも、取り出して愛でる資格はない。
 そんな感傷を表に出さずにいることにももう慣れた。
「どうせ二度と会うこともない。勝手にさせろよ」
「どうかしらね。世間は狭いわよ」
「覚悟はしておくさ」
「本当かしら」
 踵を返した妻の揺れる金髪も、そういえば、あの暗がりできらきら光っていたものだった。

貴方はオーサルで『運命という罠』をお題にして140文字SSを書いてください。

140文字で書くお題ったー

オーサルへのお題は『後ろ姿しか思い出せない』です。

お題ひねり出してみた