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そこで蠢くなにものか

 跳ね起きる。
 ソファに倒れ込む前に襟を緩めたかどうか? 覚えているわけもなく、引きちぎらんばかりの力でカーテンを開いて夜の窓を覗いた。そこを探してもなにもない。予感したようなものはなにも……。だが、夢現に耳にした声が蘇る。
(治癒呪文……だ)
 怪我などひとつもないというのに?
「う」
 うあ。声が漏れた。呼吸が引きつる。おそらくは、あったのだ。そして隠された。今、指で辿る膚の下に。さらに、これが初めてではないはずだという思いがじわじわと這い寄る。覚えがあるから、朦朧とした意識のなかでも、曖昧な時間の流れを掴み取ろうとしていた。首筋を撫でる空気を。押し付けられる熱を。言い逃れのできないはずの痕跡をやすやすと消し去る異能の気配を。
 何度目だろう。どれだけのものがここへ埋まっているのだろう。わからない。誰にも証明できない。罵るための材料も、自分が戦慄いている理由すら、あの男は奪ったのだ。
「あああ」
 惑う足でそこらのものを蹴飛ばし、這いずるようにして扉へ向かった。どこかへ。どこでもいい。この部屋でないところへ。
 ただ気持ちが悪かった。

貴方はオーサルで『お願いだから嘘と言って』をお題にして140文字SSを書いてください。

140文字で書くお題ったー