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遥かなるもの

 振り返った男の発する非難の気配に、他にどうすることもできずに両手を広げて肩を竦める――“わざとじゃないんだ”。常に危険がつきまとっている身の上とはいえ、森の中で枝を踏まないでいるのは難しかった。サルアは仏頂面で手に持っていたパンくずを残らず地面に蒔いた。
 見えない糸に吊り上げられるように空のほうへと移された彼の視線につられて、同じように上を見上げるが、音に驚いて飛び去って行った鳥の群は戻ってこない。仕方なく問いかける。
「鳥が好きなのか」
「どうだかな。嫌いじゃないが」
 名残惜しげに空を見上げたまま、彼はつぶやく。
(そう多くもない自分の分け前を、進んで分け与えるのを楽しむくせに?)
 反射的に思い浮かんだ言葉は口には出さず、胸の奥にそっとしまい込んだ。
 それきり、手持ち無沙汰に立っているだけのこちらを一瞥し、サルアは上着のポケットに手を入れてふらふらと歩き出した。森の奥へと。その背に遅れてついてゆく。
「動物が好きな人間には懐くというが、そういや、昔飼ってた鷹はあまり俺には懐かなかったな」
「鷹?」思わず半分呆れたような声が出た。「また大層な趣味で」
 彼はいちいち半分振り返ってきて顔をしかめた。
「親類が持て余してたのを押し付けられただけだ」
「そんな親戚がいる時点で大層だ」
「そうかもな」今度は苦笑がちらりと見える。「だが、俺のせいじゃねえよ。兄はその頃すでに多忙で、俺が鳥の世話をするほかなかった」
「あんたの兄貴が忙しかったのも半分あんたのせいなんだろ、どうせ」
「お? なんでわかった」
「勘だ」
「いやあ、血気盛んな年頃って、お前にもあんだろ? 普段はいかにも聖人ですよって顔を崩しもしねえ教師の鞄に、おそらく致命的にどぎついほどじゃない毒虫を詰め込んで遊ぶ――、そういうようなことがよ」
「悪いが記憶にないな」
「ちぇっ。これだから優等生ってやつは」
 こちらの学生時代を知るはずもないくせに、見てきたようにサルアは言って、おもむろに獣道に入り込んだ。
 腰に吊っている剣――ではなく、やたらとポケットの多い上着のいずこからか、短いナイフを取り出して指先で器用に一回転させる。彼の横顔に気負いはない。そのまま、伸ばした指先と何気ない仕草で、その刃は目の前の茂みへと投擲される。衝撃音とほぼ同時……もしかしたらわずかに早く、蛇だ、と直感する。予想に違わず、指三本ぶんほどの太さの爬虫類が、首に刃を差し込まれた姿で茂みの中から引きずり出された。
 最期の力でくねる胴体を掴み上げ、サルアは得意げにまっすぐ伸ばす。
「よし、偶然見つけたにしちゃ上出来だ。今夜は蛇スープだな」
「お前な……またメッチェンに嫌がられるぞ」
「でも食うだろ」
「そりゃ食べるだろうが」
 彼女は、必要ならば好き嫌いを区別せずに食べるが、露骨に顔をしかめることは遠慮しない。彼女から発せられる不機嫌な雰囲気を思い出す。憂鬱に表情を歪めると、「なんだよ」と男が眉をあげた。
「一羽くらいは土産にしようと思って見てたのに、お前が台無しにしたんだろ」
「……食糧扱いだったのか、あれ」
 パンくずに集まる小鳥たちの鳴き声が耳許に響く。無論幻聴だが。
「食えそうな大きさのもんは寄ってこなかったけどな。ほんと、よくできてるぜ」
 絶命し、もう動かない蛇の尻尾を振ってみせながら、サルアは皮肉げに唇を吊り上げる。
(そんなこと考えてなきゃ、くるんだ)
 そう言いたげに。
 彼は景気づけのように背伸びをする。
「さて。俺の用事は終わりだ。目指してたもんとは別のもんになっちまったが。お前は?」
「とっくの昔に果たされてる。あんたの姿が見えないから探しにきた」
「おっと。そりゃどうも」
「戻ろう」
「ああ」
 そのあとは会話らしい会話もなく、肩を並べて歩いた。
 途中、先程のパンくずを、昆虫が運び去ってゆくのを見た。彼らは彼らの巣へと戻るのだろう。ちらりと隣に目をやるが、隣を歩く男の視線はただ前を向いていた。