broken arrow

穏やかな午後と穏やかならざる何か

「だりい」
「んなとこで潰れんな。仮眠するなら部屋にもどれよ」
「面倒。もどれば、仮眠じゃ済まねえよ」
「せめて書類をどけろ」
「っせーなァ」
 上半身をだらしなくデスクに預けたサルア・ソリュードが盛大に息を吐いた。彼がほとんど夜を徹するようにして動いていることは知っていたから、あまり強くも咎められない。その、完全に脱力した背を見下ろして気がついた。
(手触りはよさそうだ)
 わずかな風に揺れる髪に手を伸ばして触れる。反応はない。いや、閉じた目蓋の上の眉がわずかに寄せられたか。しかし、よほど疲れているのだろう、憎まれ口のひとつも返ってこなかった。それをいいことに髪の毛の中に指を潜らせ、ぐしゃぐしゃとかき回してやる。
 思ったとおりにその手触りは柔らかく皮膚をさらりと心地よく刺激するものだった。
 男が怪訝そうにうめきを発する。
「なんだよ」
「褒めてやってんだよ。よく頑張ってんな、って」
「いらねー」
 へっ、と吐き捨てる彼の口元に珍しく――本当に珍しくひとつも笑みがないのを見ながら手を離した。と。
「なにやってるの、あなたたち」
 顔を上げる。呆れた顔のメッチェン・アミック――いや既にソリュード姓か。部屋を横切ってデスクまで近寄ってくる。彼女の瞳に見下ろされ、男の背がわずかに強張ったようにも見えた。まさか視線が本当に突き刺さったわけでもあるまいに。
「ああ、なんだ……。寝ちまってね」
 彼女が近寄ってきても身を起こさないのはそういうふりがしたいからだろう。「ふうん」と頷いた彼女が自分の言葉を信じたかどうかはわからないが、とりあえず、昼夜もなくこき使っていることへの義理は果たした(と思う)。
「困った子」
 彼女の指先が、なんでもないように男の髪を弄るのを見て、どうにも居心地が悪くなる。
「まあ、適当なところで起こしてやってくれ。俺は昨日の件を片付けてくる」
「頼んだわ」
 彼女の視線に手のひらを振って応え、空気の変質しつつある部屋をあとにした。