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きみはエイリアン

 背後の男が目を覚まして伸びをした。いきなり体重をかけられる形になり、短く悲鳴をあげた。
「あ」
 ぽかんと口を開けた男――寄りかかってきた体重の主が、二人分の肩越しに手元を覗き込んでくる。
「悪い」
「……刃物を持ってる相手の邪魔は、しない方が身のためだ」
「手入れの最中とは知らなかったんでな」
「ああ。そうだろうよ」
 咄嗟に握りしめた刃で傷つけた指先を、どうすることもできずにただ眺める。血が滴るほどではないにせよ、皮を裂いたのだからそれなりの痛みはあった。かといって大袈裟に騒ぐほどの被害でもない――この程度なら、先ほどの小言で充分だ。怒るほどじゃない。繰り返しながらゆっくりと指を蠢かせる。
 男の行為よりも、男を怒鳴りつけることができない、そのことが癪に触った。勝手なものだが。
「治そうか」
「いらね」背後からの声に首を横に振る。「前にも言ったがな。この程度で魔術なんか使ってんじゃねえよ」
「そっち、利き手だろう」
「ちょっと傷がついたくらいで、そんなに不自由は――」
 言い終わるより先に手首を攫われ、ぎょっとして息を呑んだ。
 生ぬるい湿った感触が指の間を這う。他人の舌が真新しい傷口から滲んだ血を辿っていることを理解するのに数秒を要した。再度、背中に体重がかけられたことにも。思いのほか、息遣いが近くにあることにも……
「っ――!」
 強く吸い付かれた拍子に歯の先が傷口をかすめ、肩を跳ねさせる。
「……やっぱ痛いか」
「てめえ……なにがしたいんだ」有り体に言って気色が悪かった。反応が遅れたのもそのせいだ。多分。
「さあ」
「さあ、じゃねえよ」
 逃れようにも、いつの間にか手首だけでなく腰にまで腕が絡みついていた。いまだ片手に掴んだままの抜き身の剣で脅すこともちらりと考えたが、ここまで密着した状態ではうまくいきそうにない。途方に暮れて顔をしかめる。
 他人の口はそのまま指先を噛んで爪との境を舐め始めた。ぼんやりとしたその幼い表情を視界に収め、盛大に嘆息するほかにできることがなにもなかった。