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フィンランディ家の奇妙な獣(another)

 馴染みの男と夫との会談はほどなく終わる予定だった。普段なら、こうして会議室の前までいちいち迎えにくるようなことはしないのだが、スウェーデンボリー魔術学校の若き校長の馬となって現れた黒い獣が、ちょうど時刻を察したように起き上がりここまで勝手に歩いてきてしまったのだ。この図体を止められるような力は自分にはなく、だからといって獣の好きにさせておくわけにもいかない。自分がそばを歩いていたからこそ騒ぎになっていないだけだ。これは“魔王”の飼い犬なのだから。
 こうして廊下にうずくまり静かに扉が開くのを待っている獣は、誰かに害を為すようには見えない。しかし、誰になにを促されたわけでもないのに獣自身の意思でここまで歩いてきたことを思うと、確かに落ち着かないものも感じる。
(使い魔にさえなれば、言葉ではなく心を読んで行動するとかなんとか聞いた……わね)
 ならば今、この獣は校長の意思を反映するものなのだろうか? 彼らが現れた瞬間のことを思い返して――どういうわけか、息が詰まる。
 あの時、夫の姿は自分のいた場所からは完全に見えなくなった。獣の巨体に踏みつけられたように見えたため心配したのだが、結果的にはほとんど無傷だった。服の裾を爪で引きずられてバランスを崩したところに、鼻先を押し込まれて尻餅をついたのだとか言っていた。校長も困った顔を見せていた。意図した通りのことではなかったと。
 もし、あれが校長の無意識の意思だったとしたなら、その意味はなんだろう?
 敵意ではないだろう。考えられるとすれば、悪戯心だろうか。子供同士が乱暴にじゃれ合っている感じ。甘えている? あるいは、優しくも強引にベッドに誘うような、そんなこと――?
(……馬鹿ね)
 思わず失笑が漏れる。
 そんなことあるわけがない。じっくりと自分に言い聞かせながら、もの言わぬ獣の鼻先に頬をすり付けて、会議室の扉が開くのを見つめた。
「メッチェン?」
 こちらを認めて軽く驚く夫のことは、今は気にしていられなかった。彼に続いて現れた男を睨み据えるほうがよほど重要なことだ。眠たげな獣の鼻を覆うようにした手の甲へと、自分の唇を押し付けることも含めての話である。

ついったのお遊びタグで「メッチェンさんがレキにちゅうする」話を書くことになったんですが、なんでこうなったのかわたしにもよくわかりません。
のほ壱さん、asatoさんの(お題の)提供でお送りしました