broken arrow

無敵の人

「星を見てる」
 旅には必須だ、と男は言って、何もない野っ原に寝転んだまま夜空の一点を指し示した。「星座は知ってるか?」
 こちらの答えを待たずに指は滑り出す。
「北点星くらいはわかるな。位置の変わらない唯一の星――あの四角形の右下だ。北点星と、さっきの箱をつないだ方角には巨大な犀がいて、ダイヤモンドでできた鈍重な足で大地を踏み砕くんだそうだ。その次は、触れるものすべてを枯らし呑み干す猛毒の蛇。炎をまとい住処を焼く鼠の群れ……」
 次々と神話を語る声はよどみなく続いた。夜空を一周ぐるりと撫でた指先はまた、旅人の指針となる不変の星にもどって止まる。
「空の主役は滅びの獣だ。運命の三女神(シスターズ)はどこにもいない。古キムラック人はおそらく空が怖かったんだろう」
 彼はそこで言葉を切った。笑う気配がする。
「星なんて、思うがままだってのになァ」
「……夢見がちなのはまあいいが」首の後ろを掻きながらつぶやく。「それ、いったいなにが言いたいんだ?」
「〝お前らには浪漫が足りねえ〟」
「えーと」
 眉間に皺が寄るのがわかる。しばし考えるが、こうとしか返せなかった。
「んなもん必要か?」
「そりゃまあ、人によるけどよ」
 星ばかりを映していた黒い瞳が一瞬だけこちらを向いて、すぐにもとのようにもどった。
「ないよりは、あるほうがよくないか。どんなもんでもな」
 その声が少しばかり寂しげに響いたことは、気のせいだということにした。