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ひとの気など知りもせず

 雑談が途切れたタイミングで手首を捕まえた。
 こうすると、この魔術士が覿面に嫌がることを知ったのはいつだっただろうか。目配せをすると、今にも噛み付いてきそうな顔で彼はこちらを睨みつけている。
「……放せ」
 毎回のように思うのだが、無理矢理には振り払わないでいてなにを言っているのだろうか、この男は。その態度が次の機会を招くのだとわかっていないとは思えず、内心首をひねるばかりだ。
「ひとつ訊いていいか」
「あんだよ」
 苛々とした調子で返してくる男の瞳を、尻を引っ掛けたデスクの上から覗き込む。
「俺を出入り禁止にしないのはなんでだ?」
「そんなことを言い出したところで実行力がない」
「まあ、そりゃそうだが」
 ぼんやりと頷いて、手の中におさめた手首に目を落とす。節くれだった、お世辞にも美しいとはいえない手だ。
 その手を引き寄せて唇を寄せる――柔らかく食む。
「……あのな」
 呆れた声を無視して歯を立てると、ついに手が引き抜かれた。そのまま鼻先に突きつけられる。掌がこちらに向けられている――“止まれ”。
「やめろ。何がしたいんだ、あんたは」
「……正直に言うと」と言いながら、遊んでるだけだ、という本音は飲み込んで真剣な表情をつくる。「お前を愛して――」
「信じてやろうかその台詞」
「俺が悪かった」
 間髪入れずに口にした謝罪に魔王は鼻を鳴らす。
「ったく。隣、いるんだろ、メッチェン。見られたらどう言い訳するんだ」
「あいつには聖都にいた頃から色々と見られてるからなぁ。今更なぁ」
 ぶつぶつとうめきながら扉の向こうを窺う仕草をしてみるが、当然それで向こうが透けて見えるわけではない。それでも想像を巡らせるきっかけにはなった。やはり、彼女の表情が動くことはないのではないか。呆れたものというなら別だが――
「スケコマシめ」
「あ?」
 視線を戻すと、魔術士はじっとこちらを見つめていた。それこそ、恋人の浮気現場を目撃した女のような顔だ……とは、さすがに口には出せず、ズボンのポケットに手を突っ込む。
「人聞きが悪いな。愛の探求者と呼べ」
「じゃあ言い直してやる。この浮気者。恥を知れ」
「……ちなみに、当時の俺とあいつは、ただの同僚以外の何物でもなかったんだけどな?」
「うるせー、言い訳すんな」
 どうやら機嫌を損ねたらしい。
 可愛げがあるといえばそうなのだが、潔癖すぎるのもどうなのだろう、と柄にもない心配がよぎった。
「軽蔑したのか」
 一応尋ねると、「別に」と魔術士は首を横に振った。
「俺には関係ない。それに、昔のことだろう」
「おう。……いや、今さっき、お前にちょっかい出したのを除けばの話――」
「思い出させんな気色悪い」
「あー、はいはい」
 ここはおとなしく従っておくべきだという感覚の導きに従って口を噤む。すると男は溜息をつき、背もたれに体重を預けて視線を落とした。なにを見ているのかと、何気なく視線の先を辿る。どうも、彼自身の、重ねられた手を見ているような気がする。
 彼の手の指が触れている――否、撫でているのは、ちょうど先程、自分が唇で触れたあたりだ。
 そう思ったときには唇が動いていた。
「妬いてんのか?」
 見る見るうちに魔術士の顔色が変わる。
「――知るか! てめえなんか嫌いだ、出てけ!」
 子供のような罵声を浴びせかけられ、大笑いしながら机から飛び降りた。
 逃げ出した扉の先には目を丸くした妻がいて、なんでもないのだという言い訳にもならない言い分で誤魔化されてもらうのだった。

途中まで立場逆で書くつもりだったんだけどこっちのがしっくりきた。
なぜならおーへんさんは冗談でせくはらなんかしない。彼が実行するとき……それは本気だ。

つまり、こういう際どい冗談をちょくちょくかまして(こいつはまさか俺をそーいう目で見ているのではないか)と思われる地盤を自分でつくりあげ、なやかや問答したり喝を入れたりして無意識に惚れさせたのち、その気もないくせにとぶち切れたオーさんにのしかかられて目を回すという寸法。やーいサルア君てば自業自得〜(キャッキャッ)

——という流れを思いついたその瞬間こそ「開眼した!」と思ったけど、文章にしてみたら10年前から言ってたことのおさらいだった件。よっ! ワンパターン!