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明日はもっと遠くまで

「魔王ったって、普通の身体と変わらねえんだろ。とっとと寝ろ」
 言ってくる男こそまだ眠たげな顔つきだった。しかしそう指摘したところで、交代の時間を守らない理由にはならない。始めたばかりで、まだ先の長い旅路だ。信頼は火の番・食事当番といった些細な決め事を守ることから始まる。
 そうとはわかっていたが、腰を上げる気になれず、抱いた片膝に口元を埋めた。
「眠たくない」
「嘘つけ」
 どさりと向かいに腰を下ろして、サルアは睨みつけてくる。
「お前に弱られると俺が困るんだよ。ただでさえ敵が多いってのに、身内まで気にしてられっか」
 つまらなさそうに焚火をつつく男の手元を見詰めて思う。この男も、相当世話を焼くのが好きなようだ――魔術士のことなど放っておいてもかまわないだろうに。
 静かに告げる。
「俺は特に気にしないが」
 反応を確かめるために視線を上げると、しかめられた顔が目に入った。
「個人の考え方なんてどうでもいい。集団で動いている以上、トラブルはなるべく避けるべきだ」
「正論だな」
「わかりきったこと、とも言うな」
「そうだな」
 失意とともに肯定する。おそらく、そんな言葉が欲しいわけではなかった。
 再び膝に顔を埋めると、小さな溜息が聞こえた。子供か、という呟きの混ざった吐息だ。彼には、やはりそう見えるのだ。
「駄々こねてないで寝ろよ」
「いやだ」
「寂しいなら添い寝でもしてやろうか」
「いらねえ。見張りはどうすんだよ」
「抱っこしてやる。なら出来るんじゃねえか」
「やるな。阿呆か」
 さすがに睨みつけるが、火の向こうのサルアはいつもの茶化した態度を崩さない。
「遠慮すんなって。俺とお前の仲じゃねえか」――などと言ってくるが、この二十年と少しの人生のうち、ひと月ほども一緒に過ごした覚えはない――「一応言っておくが、別に俺がやりたいわけじゃねえぞ。仕方なくだ」
「……色々と否定したいが。最後のそれは黙っておいたほうがよかったんじゃないか。すごく」先を告げていいものが一瞬迷うが、結局舌の上に乗せる。「やりたそうだ」
「それは誤解だ。言ってもない。そういうのよくねえぞ……」
「わざとやってる奴が、他人の反応に文句つけてんじゃねえ」遮って言う。
 サルアは眉を上げて真顔になった。
「理解する努力すら放棄、と。悲しいねえ」
「言ってろ」
 あしらいながら伸びをする。
 まったく、単純なものだ。
 他人と話しているうちに、背中にのしかかるようだった気だるさは霧散していた。途端に瞼が重くなるのも妙な話だが仕方がない。
 やはり眠りたくはなかったが、体力を削ってまで押し通すほどの理由がない。渋る感情を宥めて立ち上がる。寝床(といっても、簡素な寝袋だが)に向かおうと火を迂回する途中で、男の唇が刻む笑みに気がついた。
 思い通りだ、と――
 耳許で囁いた声が幻聴であることにも気がついてはいたのだが、知らず知らずのうちに足を止めていた。サルアの、寝起きのままのぼさぼさ頭を見下ろして、眠気に半ば敗北している脳が甘く囁く。揺るぎないこの男を脅かす方法を……
 火の爆ぜる音が意識を呼び戻した。
 その音を合図にするようにしゃがみこんでいた。男の肩に触れて膝を折る。いぶかしむ声がする。「おい――?」地面に腰を下ろすと彼の背中に半身をもたせかけた。目を閉じる。
「キリランシェロ?」
 寝るんじゃないのか、と戸惑う声が背後からかけられる。こちらを覗き込むように身体をひねる気配も伝わるが、顔を見られないようこちらも身じろいだ。
「なんだよ。添い寝してくれるんだろ」
 密着している身体が強張った。
 もくろみ通り怯んだらしい男は、数呼吸の間を置いてから問いかけてくる。
「……寝られるのか、そんなんで」
「夜明けまでそんなに長くはないだろ」
「ああ、まあ、二時間ってところだけどよ。しかし……」
「熟睡できる気もしねえんだよ。これで充分だ」
 言いながら体を丸めると、諦めたように「わかった、好きにしろ」と答えが返った。その声音にどこか投げやりな響きを感じ取り、唇を笑みの形に歪ませる。
 薄く目を開いて見上げた星空は、実に穏やかに揺蕩っていた。

オーサルへのお題は『朝なんて来なければいいのに』です。

お題ひねり出してみた
ラポワント市長サルア氏の伝説そのいち。残虐非道の極悪魔王をペット扱い(してはいませんが懐かれてはいます)