broken arrow

旅がはじまるよ

 口元を引き結んだのは、視線に気がついたからだった。根暗というわけではないが、どうにも言動の回りくどい印象を受ける黒魔術士がこちらをじっと見つめていた。特にやましいことがあるわけでもない……はずなのだが、なんとなく居心地だけが悪くなる。
 男二人、視線だけを交わしているのも気持ちが悪いので、仕方なく口を開いた。
「なんだ?」
「彼女、一人で行かせていいのか」
 その言葉に、見送っていた背中を思い出して路地の先に視線を振り向けるが、メッチェンはもう去っていた。
「荷物持ちは断られちまったし」肩を竦める。
 不自由な右腕を心配して申し出たのだが、わずかな私物を取り出すだけだし、そもそも大半の旅の荷物はソリュード家に置きっぱなしなのだという。
「だったらついてく理由もねえよ。とりあえず、物陰から襲われるようなこともねえだろ」
 キムラックに彼女のシンパは多い。
 再び振り返って視界に収めた黒魔術士は奇妙な顔をしていた。
「そうじゃなくて。一緒にいなくていいのか」
「俺が一緒にいた方がまずいだろ。どこまでどういう情報が伝わってるかわからんが、一旦神殿の地下に捕らえられた奴と一緒にいる、てのはなあ」
 後頭部を掻きながら鼻息を吹いた。
「キリランシェロ」あらためて名を呼んで問い掛ける。「≪牙の塔≫を出る時、どんな気分だった?」
「どんなって」
 男は口ごもって咄嗟に目を逸らした。単純に、それが答えだった。
「メッチェンのことだ。一人になりたくても、そうは言わねえだろうからな」
「よくわかってるんだな」
「付き合いだけは長いからな」
「そうか」
(……なんだ、その面)
 完全に黙り込んでしまった黒魔術士の陰気な顔から視線を剥がし、目の前の屋敷を見上げる。奇妙な造型をした……だが慣れ親しんだ家。
 主を喪い静まり返る、今から棄てるその家を。
「さて――悪いが、あと少し手伝って貰うぜ。なにしろ、俺はお前らの持ち物の内容なんて知らねえんだからよ」
 言い終えると、返事は待たずに歩き出した。黒魔術士がなにを思っているのかなど、知ったことではない。

オーサルへのお題は『ほんの少しの、嫉妬』です。

お題ひねり出してみた
この時点でもう惚れてる(確信)