broken arrow

窓からは青春の香りがした

「ここにお前の気に入るものなんてなにひとつないぞ」
 椅子を軋ませて主は言う。
「わかってますよそんなこと」
「ならどっかいけよ大事なお師匠さんのとこでも転がり込め」
 あいつも嫌だとは言わんだろ。言外の台詞を読み取って即座に返す。「絶対嫌です」
 はぁああ。……ってなんだよそのため息。腹立つなあ。
 決裁済みの書類を積み上げるのを見ながら目を細める。鼻から息を抜く。
 誰が、
(お情けなんて)
 かけられて嬉しいんだよ。
(別に意地とかじゃ)
(ない)
 あれなんだこれ。なんで爪先が見える。床。殴られた、わけでも、ないのに。やめろよこれじゃまるで。
「……まあ気が済むまでいりゃいいが」
 やめろ!
「ぼくがこんなんで落ち込むとでも思ってんですか」
「いいやぁ?」
 顔を上げて睨みつけてもへらへらにやにやしているあたりは若い頃とまるで変わっていない。
「拗ねてるなぁとは思ってるかなあ」空中で指が弾かれる。他人の額を突くゼスチャー。後ずさる。
「触るな変態」
「触ってねえだろ」
「触られました陛下の頭の中で。責任取って下さい」
「……頭蓋でも折れたかよ」そんな軟弱なわけあるか。
「額が汚れました今すぐ宿舎に戻って徹底的に頭を洗いたい」「勤務時間終わったらな」
 よいせ、と立ち上がる主のことはもう見なかった。
(なにもわかってない)
 あなたたちはぼくのことをなにひとつ。本当にひとつっきりも。だからそんなに簡単に。
「——触るなって言ったでしょうが」
「了承してねえし。お前が頭洗えよ。存分に」
 頭の上を過ぎ去っていった手がひらひらした。ぞんざいな足取りの部屋の主をあっさり通過させて扉が閉まる。他人の領域に取り残される。
 ぐしゃぐしゃにされた髪をひと房指先でつまんで。なにか言いたいことがある気がして。
 言葉も出ない口元を蠢かせた。